ミス・ホワイト搜索――1930年
翌朝5時、寮で目覚めたジェシーはモーニングコーヒーを淹れた。レストランで働いていた時からの習慣だ。自主的に朝早くに来てレストランの開店準備をすませると、店で一番上等な豆を使って自分のために一杯淹れていた。
2516年ともなるとコーヒー豆というものは普通には売られておらず、コーヒーを淹れるということは古典的な趣味の領域になってしまっているようだが、それでもあの頃と同じ豆を手に入れることは叶った。600年前の香りを楽しみながら、ガラス窓の外を眺める。
数え切れないほどの浮遊建造物が朝靄に包まれ、徐々に登ってきた日の光を浴びてきらきらと輝いている。早朝出勤のためか、魚の形をした自家用飛行機が空を滑っている。「今」を生きる人々にとっての当たり前の光景のすべてが、ジェシーには未だ夢のようだが、この光景をきれいだと思っていた。今では仕事前にこの光景を眺めながらコーヒーを飲むのがひとつの楽しみだ。けれど同時に、望郷の思いがある。
キュッキュイイン――
可愛い声で鳴いてジェシーにすり寄ってきたのは、クラゲ型掃除ロボットだ。名前は「ジェルフィー」、自分で名付けた。床や空気中のゴミを食べて体内で縮小してくれるエコロボットだが、ジェシーはこのロボットが一種の生物だと未だに信じていた。
「なあジェルフィー、俺はいつまでこの時代にいればいいのかな。元の時代に帰るチャンスはいつくると思う?」
ジェルフィーはもっきゅもっきゅと伸縮を繰り返すばかりで、なんの反応も示さない。
「――まだ相棒があいつじゃなきゃ、この時代をもっと楽しめたと思うんだ。あいつ、仕事となるとすげー怖い目するんだ」
もっきゅもっきゅ。
ジェシーは何も言わないジェルフィーを見つめて沈黙すると、やがてぶはぁと息を吐いた。
「あーんなんじゃすぐハゲるよなぁー」
そのとき、「ジェシー」と呼ぶ声とともに部屋の扉がウィンっと音をたててスライドする。ジェシーは思わずジェルフィーを抱いて「ぎゃっ」と悲鳴をあげた。
「い、いやぁ、必ずしもハゲるとは言ってないよ!?」
「何の話だ」
入ってきたレイは、飲料水片手に眉を寄せた。彼も寝起きだったのか、普段のきっちりしたスーツと違ってラフなシャツを着ていた。
「ていうか、人の部屋に入るときはノックしろよ」
「ノック…?」
「――ノックも知らないのかよ」
出たああ、ジェネレーションギャップ! 今だったらレストランによく来てたじーさんの「近頃の若いもんは…」ってボヤキがわかるぜ。
「それよりジェシー、今日の任務通知を見たか」
「ええ? あのキカイの操作わかんないんだよな」
「……仕方ないな」
あ、もしかしてオレにも老人を見るようなジェネレーションギャップを抱かれたのか?
レイは腕時計のようにつけていた小さな端末を操作し、空中にホログラム映像を映し出した。
次々に表示される画像の中に、二十代半ばの若い女性がいた。茶髪をひとつにまとめ、きりっと顔を引き締めている。となりに表示された文字列には「メリンダ・ホワイト 1930年2月ニューヨーク 行方不明」とある。
「メリンダ・ホワイトは1930年に派遣されていたロッカーズ社員だ。ニューヨークのマフィア抗争の詳細記録を担当していたが、数日前から行方不明となった。今回の任務はこのミス・ホワイトの搜索だ」
「ふうん」
ジェシーは画像を見つめた。画像の中に、なつかしさを感じる時代背景の景色がいくつか映っていたからだ。1930年は、ジェシーがいた時代のほんの数年先であり、ニューヨークという場所も同じだった。
もしかしたら、これはチャンスなのかもしれない。
「――それであんたは、この任務内容を伝えるためだけに、オレのプライベートタイムを邪魔しに来たっての?」
「いや……」
レイは躊躇うように口をつぐんだが、やがて今まで表示していた画像をすべて消し、別の一枚の画像を映し出した。
そこには、黒髪の理知的な少女が映っていた。
「美人だな。誰だ?」
レイはその問いには答えず、鋭い目をして続けた。
「これは……個人的に捜索を頼みたい人物だ。以前1920年代で行方不明になった」
「個人的に、ねえ」
ジェシーは女性の写真を見つめた。整った顔を薄く微笑ませた表情からは大人びた空気が漂っているが、実際は十代後半くらいの年だろう。
「任務の片手間でいい、もしも見かけたら教えてくれ」
ため息とともに吐き出すと、レイは画像を消した。
「邪魔して悪かったな」
「別に。じゃ、あとで8時にロッカールームでいいんだな」
「ああ」
ジェシーは部屋から出て行くレイの後ろ姿を見つめた。
いろんなことを秘密にされてんだよな。何が「仕事上の相棒」だよ。気になって仕事にも身が入らないっての。
そう一瞬思ってから、首を振った。
違う。今回は元の時代に戻れるチャンスかもしれない。仕事に従順なふりをしながら、本来の目的を優先させないと。