ロッカーズ司令室にて――2516年
アインシュタインの相対性理論によって、光の速度を超えればタイムスリップは可能だとされてから約550年。実質的に光の速度を超えること自体が不可能といわれ研究は難航を極めたが、ついにイェルハルド・リンドマン博士により成功することとなる。いわゆる「Time Machine」である。
しかし実用化するまでにはさらに50年の年月がかかり、リンドマン博士がその発明の普及を目にすることは叶わなかった。「時を超える」という反則的な利便性は一般人が行使するにしては危険すぎるものであったため、議論に議論が重ねられたのである。
西暦2496年になり、その議論も終着する。今日では「ロッカーズ」と呼ばれている公的機関が誕生し、タイムマシンの利用はその機関のみに限られた。ロッカーズは国連加盟国から優秀な人材が集められ、日々「時を超えた仕事」に励んでいる。
入社条件はかなり厳しい。古代中国の科挙のような極限レベルの学科問題(特に紀元前から現代に至るまでの歴史知識、風俗知識を問われる)に加え、適性試験、体力試験もある。それゆえにロッカーズ社員とえいば選りすぐりのエリートというイメージがついて回る。
今年、2516年まにでもロッカーズは徐々に規模を拡大し、世界的な組織となっていた。
その中枢であるロッカーズアメリカ支部は、200年前に再建された自由の女神像の正面に位置する。円形の巨大浮遊建造物がそれだ。日を受けて輝くガラス張りの浮遊建造物は、観光ガイドマップによると「さながら惑星のごとく」。
午後2時57分、その建物内に、ジェシーとレイは帰還した。
「おかえりなさい、レイモンド。それにジェシー」
1863年のポーランドから2516年のアメリカに帰還した二人は、ロッカーズの司令室に呼び出された。
明るい青空を背景に、ガラス張りの執務室で出迎えたのは司令官のひとりであるルイーズ・ボルロー。1800年代から1900年代担当の女性であり、二人の直属上司だ。短く切り取られた金髪に赤いスーツを合わせた彼女は、火災現場から帰還したばかりのボロボロの二人を見てふっと笑った。
「ずいぶんボロボロね。レイモンドらしくない」
レイは普段と同じ表情のまま、黙っていた。
「火事場泥棒もラクな仕事じゃなかったようね。ま、座りなさい」
そう息をつくと、ルイーズは二人に椅子を勧めた。同時に、椅子が宙を滑って二人の腰の下へ来る。未来の産物にまだ慣れていないジェシーは、緊張しながらも柔らかな背もたれに体重を預けた。
「『赤い国旗の下で』の原稿、確かに提出を確認したわ。――今回の仕事は、まあ84点というところよ。原稿は一部焼失していたけれど、情報部ならなんとか修復できるでしょう。ところでジェシー」
責任追求の矛先が自分に来ることを予測していたジェシーは、「来たか」と身構えたが、ルイーズの口から出たのは単純な問いだった。
「少しはロッカーズの仕事に慣れたかしら」
「――慣れた、って言ったら嘘になる」
「無理もないわ。あなたはまだこの時代にも慣れていないでしょうからね」
そう、ここは2516年。タイムスリップまでもが可能となった、ジェシーの年代からみれば「遥か未来」だ。
ここに連れられてきたばかりの頃は、機械仕掛けの街や、ここでの常識に驚かされてばかりで、いっそ疎外感を感じて塞ぎかけたほどだ。
けれど三ヶ月ほど経った今は、その環境も「こんなものだ」と思えるくらいにはなってきた。だが仕事内容は別だ。
「不満があるとすればこの時代にじゃなくて、相棒にかな」
そう言うと、レイの鋭い視線が飛んでくる。「こんな情のない男と組んでられるか」、そういう怒りを込めて、レイの目線を迎え撃つように睨み返した。
「――トマシュを殺したことを、怒っているのか」
レイは鋭い目をしたまま聞いてくる。レイに対してはいろいろな不満があったが、問われた内容もまさに図星だ。黙っていると、レイは鋭い目をしたまま続ける。
「データベースを見なかったのか、トマシュはあの火災で死ぬことが決まっていた。その事実を未来から来た私たちが変えてしまうわけにはいかないんだ」
「だからって殺すことはないだろ!」
「ああしなければ、お前は自分の仕事を放ってトマシュの命を救ってしまっただろ」
とっさに言葉が返せなかった。まるで命を救うことを悪いことのように言うのが理解できない。ああ、未来が変わってしまうってことだろ、それはわかるよ。でも、納得できない。
「ねえ、ケンカはあとにしてくれるかしら」
ルイーズがため息とともに吐き出す。そして手元の端末を操作しながら、「それに相棒を変えることは無理よ」と続ける。
「な、なんでだよ!」
ルイーズはジェシーを一瞥すると、レイに目配せした――その目線の意味が、ジェシーには理解できなかった――「あなたのことはすべて、レイモンドが責任を負うべきなの」とルイーズは冷たい響きで告げる。レイは「わかっています」呟き、うなだれた。
「わかっているならいいわ。後輩をしっかり教育することね」
「はい」
レイに背中を押されるようにして、司令室を出た。
ルイーズは電子タバコを咥え、ひとり呟く。
「皮肉ね、レイモンド」